障がい者と健常者が共存するための「ノーマライゼーション」とは?
厚生労働省が2018年4月に発表した障がい者の総数は936.6万人で、これは日本の総人口の約7.4%に相当します。これは前回2013年の総数に比べ約149万人も増えています。高齢化社会が進む日本においては、障がい者の数が1,000万人を超えるのもそう遠い未来ではないでしょう。そうしたなかで重要になるのは、障がい者が健常者と同じように生活できる環境をつくる「ノーマライゼーション」です。今回は、ノーマライゼーションの概念から歴史、さらに実現させるために必要なことについて考察していきます。
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ノーマライゼーションとは?その概念と歴史的背景
そもそもノーマライゼーションとは、障がい者福祉にまつわる用語のひとつです。障がい者であっても、健常者と変わりない生活を当たり前にできる社会が通常の社会であるという考え方であり、そのために社会の環境整備をおこなっていくことを意味します。
ノーマライゼーションという言葉は日本ではそれほど聞きなじみがないかもしれません。しかしその歴史は古く、スウェーデンでは1940年代からすでに用いられています。ただし世界的に認知されだしたのは、1950年代です。当時、デンマークの知的障がい者施設で多くの人権侵害がおこなわれていたことを憂慮し、「脱施設化」を目指していた行政官、ニルス・エリク・バンク=ミケルセンは「知的障害児親の会」が掲げた次のスローガンに共感し、そのスローガンを象徴的に表現する言葉として「ノーマライゼーション」を用いました。
【知的障害児親の会が掲げた主なスローガン】
1. 1,500人収容する大型施設を20~30人の小規模な施設にすること
2. 社会から分離されていた施設を親や保護者の生活する地域に造ること
3. ほかのこどもと同じように教育を受ける機会をつくること
その後、「ノーマライゼーション」は、デンマークにおける「知的障害者福祉法(1959年法)」に盛り込まれました。そして、世界的な社会福祉の基本原理として広めることに貢献したのが、元々この概念の発祥地でもあるスウェーデン出身のベンクト・ニィリエでした。ニィリエはミケルセンが提唱したノーマライゼーションについて、8つの原理として次のように整理しています。
1. ノーマルな1日のリズムを送ること
2. ノーマルな1週間のリズムを送ること
3. ノーマルな1年間のリズムを送ること
4. 個人のライフサイクルを通してノーマルな発達的経験ができる機会を持つこと
5. 障がい者の「選択」「願い」「要望」が最大限に考慮され、尊重されること
6. 男女が共に住む世界で生活を送ること
7. ノーマルな経済水準を得ること
8. 健常者を対象とする施設と同等レベルの設備であること
日本では、1981年に国連が制定した「国際障害者年」をきっかけに広まり出し、その後1995年の「ノーマライゼーション7か年戦略」へとつながっています。
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バリアフリー、ユニバーサルデザイン、ソーシャル・インクルージョンとの違い
健常者と障がい者が共に同じ環境で生活していけるようにする施策というと、バリアフリーやユニバーサルデザイン、そしてソーシャル・インクルージョンといった概念が思い浮かびます。この3つがノーマライゼーションとどう違うのか、それぞれの概念について改めて整理してみます。
バリアフリー
日常生活において、障がい者にとって障害となりうる段差をなくしたり、点字ブロックを設置したりといったことで、問題なく生活できるようにするという考え方。
ユニバーサルデザイン
障がい者のために障害を取り除くということではなく、障がいの有無、国籍、年齢、性別などにかかわらず、誰もが普通に生活をしていけるようにするという考え方。
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ソーシャル・インクルージョン
障がい、貧困、高齢、移民、性別などさまざまな理由で社会から排除された人を援護し、健康で文化的な生活を実現するため、社会の構成員として包み、支え合うという考え方。
それぞれの概念について簡単にまとめてみましたが、基本的な考え方はどれも同じで健常者と障がい者や、高齢者、外国人といった人たちがわけ隔てなく生活していけるようにすることです。ノーマライゼーションはこれと同じ流れのなかにある考え方のひとつですが、バリアフリーやユニバーサルデザインはノーマライゼーションを実現させるために必要な考え方や取り組みです。そしてソーシャル・インクルージョンはノーマライゼーションをさらに発展させた考え方で、社会の環境整備をおこなった上で、障がい者をどう活かしていくべきかについて考えていくものです。
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ノーマライゼーションを実現させるために必要なこととは?
日本社会においてノーマライゼーションを実現させていくために最も必要なことは、まずノーマライゼーションという言葉、概念を多くの人に認知、理解してもらうことです。バリアフリーやユニバーサルデザインに比べて認知度が低いという現状を変えていかなければ、当然ながらノーマライゼーションを実現させることは難しいと言えます。
ノーマライゼーションを認知、理解してもらうために有効な手段は、法整備のように国が積極的に取り組んでいくことです。そのなかでも障がい者が健常者と同じ学校、教室で教育を受けられる環境をつくることが欠かせません。ノーマライゼーションの考え方を言葉で説明して理解を求めていく以上に、子どものころからそうしたことが当たり前であるという環境を整備することで、偏見や差別をなくしていくようにすることが大きなポイントとなります。
それと同時に、企業においてもノーマライゼーションを推進していく必要があります。そのためにはバリアフリーやユニバーサルデザインを取り入れることはもちろん、ノーマライゼーションに対する意識をすべての従業員に浸透させなければなりません。形だけを整えても、それを受け入れる従業員の理解がなければ結局は障がい者にとって働きづらい職場になってしまいます。
また、ノーマライゼーションの具体的な施策として、福利厚生も健常者だけではなく障がい者でも同様に活用できるサービスを提供します。例えば、ボランティアが旅行の付き添いをする、障がい者でも旅行できる宿泊サービスを提供することによって、障がいがあっても健常者と同じように旅行を楽しむことができるようになるでしょう。
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障がい者と健常者の共存が当たり前になる社会へ
障がい者が健常者と同様の教育を受け、同様の環境で仕事をするための法整備は年々進んでいますが、まだまだ万全とは言いきれません。ノーマライゼーションを実現するためには、社会全体の認知度向上や健常者の理解が欠かせません。その上で、障がい者が無理なく生活や仕事をできる環境をつくっていくことが重要です。
ノーマライゼーションで大切なことは、障がい者の特徴や特性を理解し、障がい者が暮らしやすい環境をつくり上げるためにはどうするべきかを考えることです。そのためには、障がい者と健常者はどのような点が異なり、どのようなシチュエーションで不便さを感じるのかなど、障がい者の視点に立つことが重要です。こうした前提を共有することによって、障がい者と健常者が共存するためにはどうすればよいかが見えてきます。
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